1.はじめに
海外とのビジネスにおいては、異なる国の法律や制度、商習慣の下で契約を締結することになります。
しかし、そうした複雑な環境下では、契約締結時には有効であった条項が、後になって予期せぬ理由で法的に無効と判断されてしまうリスクが潜んでいます。
例えば、契約後に新たな法律が施行されたり、裁判所の判例が変更されたりすることで、契約書の一部条項が強制法規に反すると解釈される可能性などがあります。
また、契約書の作成過程における誤りや、意図しない解釈の余地によって、一部の条項が無効と判断されるケースも存在します。
もし、契約書の一部が無効になった場合、その影響は決して小さくありません。
無効となった条項の内容によっては、契約全体のバランスが崩れ、当初の契約目的を達成できなくなる可能性すらあります。
最悪の場合、契約全体が無効と判断され、ビジネスの根本を揺るがす事態に発展することも考えられます。
このようなリスクを回避し、契約の安定性を確保するために重要な役割を果たすのが、Severability Clause(セベラビリティ・クローズ)と呼ばれる条項です。
Severability Clauseは、可分条項または分離条項と訳されています
この記事では、Severability Clause(可分条項、分離条項)とは一体どのようなものなのか、なぜ英文契約において不可欠な条項と言えるのかを解説します。
基本的な概念から、契約に与える具体的な影響、そして実務で役立つ記載例や交渉のポイントまでを掘り下げていきたいと思います。
契約リスクを適切に管理するために、Severability Clause の重要性をしっかりと理解することが必要です。
2.Severability Clause(可分条項)とは
Severability Clause(可分条項)とは、
契約の一部分が、もし法律のルールなどで無効になってしまったとしても、
その無効になった部分だけをなかったものとして扱い、残りの部分は引き続き効力を持ち続けるという合意
を定める条項です。
この条項は、契約の安定性を高める上で非常に重要な役割を果たします。
海外との取引においては、異なる法制度が絡み合うため、ある条項がある国では有効でも、別の国では無効と判断されるリスクが存在します。
また、契約締結後に法律や判例が変更される可能性もあります。
もし、Severability Clause(可分条項)が契約に存在しない場合、一部の条項が無効と判断された際に、その無効が契約全体の有効性に影響を及ぼす可能性があります。
最悪の場合、契約の主要な目的を達成できない、と解釈され、契約全体が効力を失ってしまうこともあり得ます。
これは、長期間にわたる交渉や準備が無駄になるだけでなく、ビジネスに深刻な損害をもたらしかねません。
しかし、Severability Clause(可分条項)があれば、無効となった部分のみが切り離され、残りの有効な条項に基づいて、契約関係を維持することができます。
これにより、予期せぬ法的リスクを最小限に抑え、ビジネスを継続することが可能になります。
実務においては、Severability Clause(可分条項)の文言が、契約の解釈や紛争解決に影響を与えることもあります。
そのため、条項の文言を正確に理解し、自社の意図に合致した内容になっているかを確認することが重要です。
このように、Severability Clause(可分条項)は、契約の一部が無効となる不測の事態に備え、契約全体の有効性を可能な限り維持するための、重要なリスク管理の手段となります。
3.Severability Clause(可分条項)の具体的な効果
Severability Clause(可分条項)は、契約書の一部が無効になった場合に、その影響を最小限に食い止め、契約の有効性を可能な限り維持する効果があります。
具体的に、以下のような効果が挙げられます。
1)契約全体の有効性の確保
最も重要な効果は、契約の一部が無効になったとしても、原則として残りの条項は有効に存続するという点です。
(補足):
下線部については、例外があります。本項3.の5)をご参照ください(マーカー部)。
もしSeverability Clauseがなければ、無効となった条項が契約全体の根幹に関わる重要な部分であると判断された場合、契約全体が無効になってしまう可能性があります。
Severability Clauseは、そのような事態を避ける重要な働きがあります。
2)ビジネスが継続できる
契約の一部が無効になったとしても、残りの有効な条項に基づいてビジネスを継続できる可能性が高まります。
例えば、製品の価格に関する条項が無効になったとしても、製品の供給義務や知的財産に関する条項が有効であれば、取引を完全に停止させることなく、問題のある部分だけを修正したり、再交渉したりすることで対応できます(例:当事者双方が合意する価格に変更する、というような対応)。
3)紛争を予防し解決が円滑になる
契約の一部が無効になった場合、Severability Clauseの有無によって紛争の発生や解決のプロセスが大きく変わることがあります。
Severability Clauseがあれば、無効になったのはこの部分だけ、という共通認識を持ちやすくなり、契約全体の有効性をめぐる不必要な争いを避けることができます。
また、紛争が生じた場合でも、無効な部分と有効な部分を切り分けて議論を進めることができるため、解決が円滑に進む可能性があります。
4)契約の修正が柔軟に対応できる
Severability Clauseが存在することで、無効となった条項のみを修正したり、代替となる条項を新たに設けたりすることで、契約上の対応が柔軟になります。
契約全体を白紙に戻して再交渉するよりも、時間やコストを大幅に削減できる場合があります。
5)契約目的が尊重される
Severability Clauseは、契約当事者が、たとえ一部が無効になっても、可能な限り契約の目的を達成したい、という意思を有していることを示すものと解釈されます。
裁判所なども、契約解釈において当事者の意図を尊重する傾向があるため、Severability Clauseの存在は、契約の有効性を維持する方向に働くことがあります。
ただし、Severability Clauseが存在する場合でも、無効となった条項が契約の根幹に関わるほど重要なものであったり、その無効によって契約の基本的なバランスが大きく崩れてしまうような場合には、契約全体が無効と判断される可能性も否定できません。
そのため、Severability Clauseがあるからといって油断するのではなく、各条項が契約全体においてどのような役割を果たしているのかを理解しておくことが重要です。
4.Severability Clauseがない場合のリスク
英文契約書に Severability Clause(可分条項)がない場合、契約の一部が無効になった際に、その影響は広範囲となる可能性があります。
ここでは、Severability Clauseがないことで生じる主なリスクについて解説します。
1)契約全体が無効となるリスク
最も大きなリスクは、契約の一部条項が法的理由で無効と判断された場合に、契約全体がその効力を失ってしまう可能性があることです。
特に、無効となった条項が契約の根幹に関わる重要な部分(例:価格、数量、主要な義務など)であると解釈された場合、裁判所や仲裁機関は、その無効な部分がなければ、当事者は契約を締結しなかったであろう、と判断し、契約全体を無効とする可能性があります。
2)交渉のやり直しによるビジネスの大幅な遅れ
契約全体が無効になった場合、当事者は改めて契約内容を交渉し直す必要が生じます。
これは、多大な時間と労力を要するだけでなく、ビジネスの進行を大幅に遅らせる原因となります。
特に、国際取引のように時間的な制約がある場合には、やり直しによる損失は多大なものとなる可能性があります。
3)法的紛争とコストの増大
Severability Clauseがない場合、契約の一部が無効になった際に、契約全体が無効になるのか、無効な部分だけを切り離すべきか、という点で当事者間の意見が対立し、深刻な法的紛争に発展する可能性が高まります。
訴訟や仲裁といった紛争解決手続きは、多大な時間と費用を要し、ビジネスに大きな負担となります。
4)損害賠償責任のリスク
契約全体が無効と判断された場合、それまでの契約履行に基づいて相手方から損害賠償を請求されるリスクが生じる可能性があります。
特に、相手方が既に契約に基づいて何らかの投資や準備を行っていた場合、その損害を賠償する責任を負う可能性があります。
5)ビジネス関係の悪化
契約が無効となり紛争となった場合、ビジネスパートナーとの信頼関係を大きく損なう可能性があります。
長期的な協力関係を築く上で、一度失われた信頼を取り戻すことは容易ではありません。
このように、Severability Clause(可分条項)がない場合、契約の一部が無効になった際のリスクは非常に大きくなります。
Severability Clauseは、これらのリスクを軽減し、契約の安定性を確保するための重要な役割を担います。
契約書を作成・レビューする際には、必ずSeverability Clauseが含まれているかを確認し、必要に応じて追加や修正を検討します。
どのように追加・修正を検討するかについては、次の項目5.Severability Clauseの記載例と交渉のポイント、をご参考にしてください。
5.Severability Clauseの記載例と交渉のポイント
前述の項目では、Severability Clause(可分条項)がない場合のリスクについて解説しました。
ここでは、実際に契約書に記載されるSeverability Clauseの例をいくつかご紹介し、その意味合いと、契約交渉におけるポイントを見ていきます。
基本的な記載例:
例文1:
If any provision of this Agreement is held to be invalid or unenforceable, such invalidity or unenforceability shall not affect the other provisions of this Agreement, and the remaining provisions shall remain in full force and effect.
(訳)
本契約のいずれかの条項が、無効または執行不能と判断された場合でも、その無効または執行不能は本契約の他の条項に影響を与えず、残りの条項は引き続き完全に効力を有するものとする。
例文2:
The invalidity or unenforceability of any provision of this Agreement shall not affect the validity or enforceability of the other provisions hereof.
(訳)
本契約のいずれかの条項の無効または執行不能は、本契約の他の条項の有効性または執行力に影響を与えないものとする。
例文1と例文2は、基本的な条項例であり、契約の一部が無効になったとしても、残りの条項は有効に存続するという原則を定めています。
より詳細な記載例と交渉のポイント:
前述の項目4の最後で、契約書を作成・レビューする際には、Severability Clauseが含まれているかを確認し、必要に応じて追加や修正を検討する、と述べました。
以下の例文3と例文4のマーカー部分が、そのような追加や修正の検討を反映した具体的な部分です。
例文3:無効となった条項の修正を試みる場合
If any provision of this Agreement is held to be invalid or unenforceable, the parties shall negotiate in good faith to amend such provision so as to give effect to the original intent of the parties as closely as possible in an acceptable legal manner. If the parties fail to agree on such an amendment, the remainder of this Agreement shall remain in full force and effect.
(訳)
本契約のいずれかの条項が無効または執行不能と判断された場合、両当事者は、受け入れ可能な法的手段により、可能な限り元の当事者の意図を実現するように当該条項を誠実に交渉し修正するものとする。両当事者がそのような修正について合意に至らない場合、本契約の残りの部分は引き続き完全に効力を有するものとする。
交渉のポイント:
例文3は、単に無効な部分を切り離すだけでなく、可能な範囲で元の意図を生かすように修正を試みることを定めています。契約の目的を重視する場合に有効な記載例です。
例文4:特定の条項の無効が契約全体に影響を与えるような場合
If any material provision of this Agreement is held to be invalid or unenforceable, and the remainder of this Agreement would be substantially different without such provision, the parties shall consult in good faith to determine whether to continue or terminate this Agreement.
(日本語訳)
本契約の重要な条項のいずれかが無効または執行不能と判断され、当該条項なしでは本契約の残りの部分が実質的に異なるものとなる場合、両当事者は、本契約を継続するか終了するかを誠実に協議するものとする。
交渉のポイント:
例文4は、無効となった条項が契約の根本に関わる場合に、契約の継続または終了について協議することを定めています(マーカー部)。
契約の主要な目的が達成できなくなるような場合には、このような条項を入れておくことが考えられます。
Severability Clauseの契約交渉における一般的なポイント:
自社のリスク許容度を考慮する:
どの程度まで契約の一部無効のリスクを受け入れられるのかを明確にしておきます。
相手方の意図を確認する:
なぜ相手方が特定の文言の Severability Clause を提案するのか、その意図を理解するようにします。
準拠法との関係を考慮する:
準拠法によっては、Severability Clause の解釈や適用が異なる場合があります。
専門家と相談する:
不安な点や不明な点があれば、外部の専門家に相談します。
これらの記載例と交渉のポイントを参考に、自社の契約に合った Severability Clause を検討し、交渉を進めてください。
6.まとめ
この記事では、Severability Clause(可分条項、分離条項)について、その基本的な意味から、契約に与える具体的な効果、そして契約書に記載がない場合のリスク、さらには実際の記載例と交渉のポイントを解説しました。
Severability Clause は、予期せぬ事態により契約の一部が無効になったとしても、契約全体の有効性を可能な限り維持するための重要な手段としての機能があります。
この条項があることで、ビジネスの継続性を確保し、不必要な紛争や損失を避けることができる可能性が高くなります。
しかし、可分条項は万能ではありません。
無効となった条項が契約の根幹に関わる場合や、契約の基本的なバランスを大きく損なう場合には、契約全体が無効となる可能性もありえます。
そのため、契約書にSeverability Clauseが存在するかどうかだけでなく、個々の条項が契約全体においてどのような役割を果たしているのかを理解することが重要です。
契約書を作成・レビューする際には、Severability Clause の有無を確認するだけでなく、自社のビジネスや契約の特性に合わせて、適切な文言となっているかを検討する必要があります。
必要に応じて、本記事で紹介した記載例や交渉のポイントを参考に、慎重にSeverability Clauseを作成・修正していくことが、契約リスクを軽減するための重要な一歩となります。
英文契約においては、常に潜在的なリスクを意識し、Severability Clause のようなリスク軽減のための条項を適切に活用することにより、安定した国際取引の実現を目指すことにつながります。
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