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英文契約書の秘密保持契約書において残留情報の条項として置かれることがあるResidual Informationについて解説します。例文をとりあげ、要点と対訳と詳しい語注をつけました。
1.解説:
1)Residual Informationとは
IT関係を取り扱うNon-Disclosure Agreement(秘密保持契約)や英文契約書のConfidentiality(秘密保持条項)において、
Residual Informationという見出しの条文が設けられることがあります。
見出しの名称は代わりに、
Residualsというタイトルがつけられることもあります。
Residual Information(またはResiduals)は、
残留情報と訳されます。
残留情報とは、
『開示者の秘密情報にアクセスした受領者の従業員の記憶に残るアイデアやノウハウのような情報』
のことをいいます。
Residual Informationが残留情報条項として定められると、
『開示者の秘密情報にアクセスした受領者の従業員の記憶に残る残留情報については、秘密情報に該当せず、受領者は、残留情報を自らの事業に自由に利用できる』
というような内容で表現されます。
Residual Informationがどのように規定されるのかについては:
①残留情報条項として単独の条項で規定されるケース
②秘密保持契約や秘密保持条項の中で、受領者が第三者から正当に取得した情報や公知情報などと並んで、秘密情報に該当しない例外の情報として規定されるケース
のふたつのパターンがあります。
2)Residual Informationのメリットと注意点
Residual Informationについて残留情報の条項として規定するメリット・意味合いは、秘密情報の受領者の立場なのか、それとも秘密情報の開示者の立場なのかで、それぞれ異なってきます。
秘密情報の受領者の場合:
秘密情報の受領者にとっては、
開示者の秘密情報にアクセスした従業員の個人の記憶に残る情報を完全に取り除くことは不可能であり、受領者としては、従業員の記憶に残る残留情報を自由に利用できるようにして、受領者の事業に活用したい、
という狙いがあります。
秘密情報の開示者の場合:
一方、秘密情報の開示者の立場からすると、
秘密保持契約書において秘密保持と目的外使用禁止を定めても、残留情報については秘密保持義務と目的外使用禁止義務の対象とならず受領者が自由に利用できることになり、秘密保持契約の意味があまりなくなるリスク
があります。
このように、秘密情報のを受領する側にとっては、Residual Information(残留情報の条項)を置くことはメリットがあるでしょう。
しかし、秘密情報を一方的に開示する側からすれば、基本的にResidual Information(残留情報の条項)は入れない方が望ましいといえます。
3)Residual Informationにおける実務上の重要点と交渉の視点
Residual Information(残留情報条項)は、秘密保持契約(NDA)の中でも特に、情報技術(IT)分野や研究開発(R&D)分野の企業間で交わされる契約において、受領者側がその後の事業活動を円滑に行うための重要な防御策として機能します。
しかし、開示者側にとっては、秘密情報の保護範囲が狭まるリスクを伴うため、慎重な検討と交渉が必要です。
ア.残留情報条項が生まれた背景
この条項が生まれた背景には、現代の知識労働における「情報処理の現実」があります。
情報の複合性と記憶の性質:
IT開発者や研究者、コンサルタントなどの知識労働者は、日常的に多様な情報を扱い、それを自身の知識や経験として蓄積していきます。
あるプロジェクトで得た情報が、無意識のうちに次のプロジェクトのアイデアや解決策に影響を与えることは避けられません。
人間の記憶は、特定の情報だけを完全に切り離して忘れるようにはできていません。
受領者の事業活動への影響:
もし、開示された全ての情報が永久に秘密保持義務の対象となり、記憶に残った情報すらも利用が制限されるとすれば、受領者の従業員は常に、「このアイデアは相手から得た情報に基づくものか、それとも自分の知識か?」という疑念を抱えながら業務を行うことになります。
これは、事業活動の効率性を著しく阻害し、イノベーションを妨げる要因となりえます。
秘密保持義務の「過剰な負担」の緩和:
残留情報条項は、このような現実的な制約を踏まえ、受領者側が負う秘密保持義務の過剰な負担を軽減する目的で導入されました。
これにより、受領者は、善意かつ偶発的に記憶に残った情報を、その後の事業活動に利用できる柔軟性を得ます。
イ.「unaided memories(補助されない記憶)」の解釈
残留情報条項の核心は、「unaided memories(補助されない記憶)」という概念です。
これは、単に「記憶に残っている情報」であれば何でも良いというわけではありません。
「補助されない」の意味:
「補助されない記憶」とは、意図的な記憶行為、文書、データベース、ソフトウェアツールなど、外部の補助手段に頼らずに自然に記憶された情報を指します。
つまり、従業員が秘密情報を記録したり、意図的に記憶しようと努めたりした結果として残った情報ではない、という点が重要です。
例文でも、「if the employee has not intentionally memorized the Confidential Information for the purpose of retaining and subsequently using or disclosing it(機密情報を保持し、後で使用または開示する目的で、機密情報を意図的に記憶していない場合)」と明記されています。
立証の困難性:
「unaided memories」の概念は、受領者にとっては保護となりますが、開示者にとっては、「受領者が意図的に記憶したのか、偶発的に記憶したのか」を立証することが極めて困難であるという課題があります。
これが、開示者側がこの条項の挿入に慎重になる大きな理由です。
ウ.知的財産権(IP Rights)との関係
残留情報条項は、しばしば知的財産権との関係で誤解されることがあります。
ライセンスではない:
例文にある通り、残留情報条項は「does not represent a license under any patents, copyrights or other intellectual property rights of the Discloser(開示者の特許、著作権またはその他の知的所有権に基づくライセンスに該当しないことを条件とする)」と明記されることがほとんどです。
これは、残留情報条項によって、受領者が開示者の特許権や著作権などを侵害する行為が許されるわけではないことを明確にしています。
アイデアやノウハウの利用:
残留情報条項によって受領者が利用できるのは、「(その秘密情報が保護対象の知的財産権でカバーされていない限りにおいて)記憶に残ったアイデアやノウハウ」です。
例えば、開示された技術情報に含まれる「特許で保護されていないノウハウ」が従業員の記憶に残り、それが受領者の新しい製品開発のインスピレーションになったとしても、それは問題ない、という趣旨です。
ただし、特許で保護されている発明を、記憶に基づき再構築して利用することは、特許侵害にあたる可能性があります。
エ.実務上の交渉の視点
開示者側の視点:
原則として挿入を拒否する:
秘密情報の保護を最優先する開示者(特に技術やノウハウが事業の核となる企業)は、残留情報条項の挿入を原則として拒否すべきです。
限定的な受容を検討する場合:
受領者側のビジネス上の必要性を理解し、限定的な受容を検討する際は、「unaided memories」の定義を厳格にする、「ライセンスではない」旨を明確にする、「いかなる知的財産権をも侵害しない」という確認条項を追加するなどの対策を講じるべきです。
対象者の限定:
開示情報にアクセスする「従業員」の範囲を限定したり、特定の機密性の高い情報には適用しないといった条件を付加することも検討できます。
受領者側の視点:
積極的に挿入を求める:
事業の性質上、他社の秘密情報が従業員の記憶に偶発的に残る可能性が高い企業(例えば、受託開発、コンサルティング、共同研究開発などを行う企業)は、残留情報条項の挿入を積極的に求めるべきです。
定義の明確化:
「unaided memories」の定義、および残留情報として利用可能な範囲(目的、製品・サービスの種類など)を可能な限り明確にするよう努めます。
Residual Information条項は、秘密保持義務の範囲を現実的に定める一方で、秘密情報の保護というNDAの根本的な目的と常に緊張関係にあります。
契約締結の際には、自社の立場とビジネスリスクを十分に考慮し、この条項の有無や内容について戦略的な判断と交渉を行うことが重要です。
2.例文と基本表現:
(注):Residual Informationは、青文字で示しし、基本表現をハイライトしています。
Residual Information(残留情報の条項)– 例文
開示者の秘密情報にアクセスした受領者の従業員の記憶に残る残留情報について、受領者は、自らの事業に自由に利用できることが規定されています。
Residual Information:
Notwithstanding anything herein to the contrary, either party may use Residual Information for any purpose,including without limitation use in development, manufacture, promotion, sale and maintenance of its products and services, provided that this right to Residual Information does not represent a license under any patents, copyrights or other intellectual property rights of the Discloser. The term “Residual Information” means any information retained in the unaided memories of the Recipient’s employees who have had access to the Discloser’s Confidential Information pursuant to the terms of this agreement. Any employee’s memory is unaided if the employee has not intentionally memorized the Confidential Information for the purpose of retaining and subsequently using or disclosing it.
(訳):
残留情報条項
本契約の別段の定めにかかわらず、いずれの当事者も、製品もしくはサービスの開発、製造、販売促進、販売および保守における利用を含むがこれに限定されない目的のために、残留情報を使用することができるが、残留情報に関するこの権利は、開示者の特許、著作権またはその他の知的所有権に基づくライセンスに該当しないことを条件とする。「残留情報」の用語は、本契約の条件に従って開示者の機密情報にアクセスした受領者の従業員の記憶に残った情報を意味する。 機密情報を保持し、後で使用または開示する目的で、機密情報を意図的に記憶していない場合、従業員の記憶に残留するにとどまる。
(注):
*Notwithstanding anything herein to the contraryは、本契約の別段の定めにかかわらずという意味です。くわしくは、notwithstandingの意味と例文をご覧ください。
*including without limitationは、を含むがこれに限定されないという意味です。くわしくは、including, but not limited to/including, without limitationの意味と例文をご覧ください。
*provided thatは、~を条件にという意味です。くわしくは、provided thatとprovided, however, thatの意味と例文をご覧ください。
*representは、該当する、意味するという意味です。
*the Discloserは、開示者という意味です。
*the unaided memoriesは、直訳すると補助されない(=補助手段に頼らない)記憶ですが、記憶に残ったと訳しています。くわしくは、unaided memoryの意味と例文をご覧ください。
*the Recipientは、受領者という意味です。
*Any employee’s memory is unaidedは、従業員の記憶に(補助されず)残留するという意味です。
*intentionally memorizedは、意図的に記憶するという意味です。
*for the purpose of retaining and subsequently using or disclosing itは、for the purpose of(~の目的で)とretaining(保持し)とand subsequently using or disclosing it(そして後で使用または開示する)の組み合わせで、機密情報を保持し、後で使用または開示する目的でという意味になります。subsequentlyは、後でという意味です。
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